itsukinoco’s diary

.............神経症の筆者による 思考浄化ブログ.............

2つの神経症

 

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私は、神経症である。

おそらく、全人類が神経症的な気質を持っていると思うけれども。 

 

 

神経症とは何か?

 

 簡単に説明すると、神経症とは、

「日々の生活に支障をきたすほどの不安や、恐怖を感じ、通常の生活が困難になること」

 

もう幼稚園の頃から僕はこの気質を持っていて、鬱(うつ)を発症したり、友達も全く出来なかったし(自分から離れていった)。毎日が苦痛で仕方がなかった。

 

最近、こんな本を読んで神経症には2つの種類があることを知った。

  

ホーナイ全集 第2巻 現代の神経症的人格
 

 

2つの神経症

 

それは「事態神経症」と「性格神経症」というもの

 

事態神経症とはどんなものか

 

例を提出するとわかりやすいと思うので以下に一つ例を上げます。

 

22歳 一児の母の場合

 

この方は、20歳の時に意気投合した男性と結婚し、その年に赤ちゃんを出産しました。しかし、その後、結婚相手の男性の態度が変わり、暴言をよく吐くようになりました。母は、子供のためになんとか男性の機嫌を取り、いやいやながらも、その男性の言うことを聞いてきました。

そんな生活を続けているとある時、精神的に限界が来て、育児にも家事にも手をつけられなくなりました。そして、子供を祖母に預け、自身は臨床心理士のもとにカウンセリングを受けに行きました。

このように外的要因(周りの環境)に左右されて起きる神経症が、事態神経症です。

 

この神経症に関しては、友達に相談したり、カウンセリングを受けて、しっかりと治療&対策を行って行き、原因を突き止めその原因を取り除きさえすれば、段々と回復していきます。

 

性格神経症とはどんなものか

 

こちらは、神経症が性格化してしまったものです。

こちらも同様に例を出すとわかりやすいので、一つ例を上げます。

 

22歳 引きこもり男性の場合

 

この方は、幼少期に幼稚園で友達からいじめられていました。

しかし、親や、先生を含め、誰もそのことに気づきませんでした。

その子は、幼稚園に行きたくないと、母におもいっきり泣いて猛抗議しましたが、「行かなきゃダメでしょ!」と叱られて無理やり連れて行かされました。どれだけ泣いたり叫んだりしても無駄でした。

幼少期、その子の周りにはその子の事を理解してくれる人が誰一人いなかったのです。

その子は、本当に辛くて辛くて仕方がありませんでした。

その子は、猛抗議するのに疲れてしまいました。そして、幼稚園の中で、引きこもりました。

つまり誰とも会話をしなくなり、周りの人たち全てに怯えて過ごすことになったのです。

 

その性格は、その子に定着し、小学校でも中学校でも高校でもそんな性格のままでした。こんな性格なので、友だちもできませんでした。なぜなら、人すべてが敵に見えてしかたがないからです。でも、嫌われたり生きていけなくなるのが怖いので、頑張って学校に行って勉強をし、僅かな愛を求めて、だれにも反抗せず言いなりになって過ごしてきました。

 

今でも、まだ、この男性は家に引きこもり、世界に怯えながら暮らしています。

 

このように自身の性格に染み付き、世界の見方が極端に偏っている神経症が性格神経症です。

この性格神経症については、前述の事態神経症に比べて治療の難易度が高いと書いてありました。

 

僕の神経症

 

残念なことに僕は、性格神経症です。

先ほどの例で上げた後者のような生き方を今までしてきました。

 

しかし、その御蔭で、このブログも書けてます。

そして、何より僕と同じようなつらい経験をしてきた人を助けたいという気持ちに駆られてもいます。

 

僕が、神経症になったのはこの為なのかもしれません。

 

ps,

少し前に心に悩みを抱えている方々の力になれればと思い、

心地良く生きていくための方法や、考え方を提供していく活動を最近個人で始めました。

 

かなり更新頻度はゆっくりですが、

こちらでそれら神経症の方や、悩みを抱えている人へ向けた記事を書いています。

 

itsuki01.com

 

気になったらこのサイトを活用してみて!

何でもリクエストさえ頂ければ、そのリクエストに沿った記事をその方に向けて書きます。

 

なので、何か聞いてみたいことや書いてほしい内容などがありましたら気軽にお問い合わせしてね!

都会から田舎へ移住しようと思う。

 

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私は、フリーターだ。

そして、生粋のミニマリスト/シンプリストだ。

 

週4日 4時間 だけ 近所のホームセンターで働いている。

 

それだけで生活している。

何故かと言うと、働きたくないからだ。

働きたくないから、節約をして暮らしている。

 

僕は都会生まれの都会育ち。

なので、人口密度が多いし毎日車の騒音を耳にする。

 

虫の音や、風になびく草の囁きが聞こえない。

α波やマイナスイオンを微塵足りとも感じれない。

 

そろそろ、そのことに限界が来ている。

いわゆる窮屈な生活から抜けだしたい。

 

なので、僕は移住することにした。

 

 

埼玉から→鹿児島へ

 

なぜ鹿児島かというと。

なんとなく。ではなくて

 

僕の理想とする生活をしている人たちが多く住んでいるように思えたから。

 

インターネットを見ていて

「あぁ、羨ましい。僕もこんな生活をしてみたい。」

と思う人達がたまにいる。

 

その人達は、皆何故か鹿児島に住んでいる。

 

僕は鹿児島に一度も行ったことがない。がもう心は、鹿児島に決めている。

 

何度も言うが、きっかけは、限界が来たからだ。

 

この本を読んで、そのことを意識させられた。

 

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

 

 

たまたま書店で手にとった本で、感情を長年抑圧してきたり、少しの我慢を積み重ねていくことによって、身体が病という形でそれらの影響を現してくる。

 

実例を元にそれらの抑圧と病気との関わりを検証していく本なのだけれど。

これを読んでいて、「もう、俺やばい!!」って危機感に襲われて

移住を決意しました。

 

ずっと前から都会が僕の気性にはあわなかったんだけど、

特に環境を変えるきっかけもなくて、ずっと我慢をしてきた。

でもこれは、このままではやばいと思った。

 

「このままだと病気になっちゃう!!!」

 

移住先には、前々から興味があった鹿児島に即決定。

 

鹿児島に僕の共感できる暮らしをしている人たちがいた。 

 

先ほど、インターネットをみて、「羨ましい」と思った人たちがいるという話をしたんだけれど具体的には、こんな人たちの記事に惹かれたのです。

 

melike.info

この方の記事を見て、僕は本当に何から何まで共感しました。

そして僕の行いたいことを本当に全て行ってくれていました。

 

notefarm-kagoshima.hatenablog.com

この方も同じく自然に対する愛情が本当に共感できました。

この二方も鹿児島に住んでいました。

 

これからの予定は、とりあえず鹿児島に行き、いろいろと情報収集と物件を見て回ろうかなと思います。(10月)

 

そのあと、いい物件が見つかり次第即入居しようと思っています。(11月)

 

職についても同時進行で、探そうかと思っています。

時給が高い、携帯ショップとかかな?

まだ、目星はつけていないけれど。(まぁなんとかなるだろう・・・)

 

これからやるべきこと

 

・10月のいつ頃に鹿児島に滞在するかを決める

・移住支援などはあるのかを徹底的に調べる

・職についてもどのようなものがあるのか調べる

・不動屋さんと連絡を取り、滞在期間のプランを組む

・宿を探す

・宿までの行き方の計画をたてる

・飛行機のチケットを取る

 

うまくいくかな。う〜ん、なんともいえない!!

 

楽しみだぜ!笑

 

追記(26/10/24)

結果うまく行かなかった;

思ったよりも、移住は厳しかった。

 

ピアノの練習方法を最適化する。

 

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最近、僕はピアノを習い始めた。

 

習い始めて早速最初の壁にぶつかった。

「思っていたよりもめっちゃむずい!!!!!!!!!」

 

ピアノは一度に何個もの行為を同時に行う。

まるで聖徳太子のごとくだww

 

練習の仕方を最適化しなきゃ絶対に挫折してしまう。

私は、そう思った。

 

ピアノを挫折する人と挫折しない人の違い

 

初心者が最初に譜面を見ながら練習を始めると以下の様な困難に陥る。

 

・譜面がスムーズに読めない

・譜面を見ながら弾けない

・譜面を見ながら弾かなきゃ!という固定観念に縛られるともっと弾けない。

・右手が思うように動かない。

・左手が思うように動かない。

・両手でなんて弾けない。

・曲が覚えられない。

・苛々してくる。やめる。

 

このループにハマってしまう。

 

ピアノって一度にこれだけのことを求められるから、出会って5秒でキャパオーバーしてしまう。

 

もう5秒後には苛々が始まってくる。

 

こうなるともう長くは続かない。

 

ここで、練習の仕方を改善せずに突き進もうと思ったら

多分、99%の人が挫折すると思う。

 

なので、練習の最適化を図ることにした。

 

 

練習の最適化をしてみた

 

そのためには練習工程を細分化して1つずつクリアしていく必要がある。

 

1、まずは、譜面をスムーズに読めるようにする。

 

とりあえず、譜面読みだけにもう集中する。

 

譜面を読むためには、①音程と②リズムを読めるようにならなくてはならない。

なので、まずは音程から取り掛かる。

 

①音程を読み込む

好きな曲の楽譜なり、ピアノのバイブルなりを開き、

声を出しながら音符の音程を読み込んでいく。(本三周ほど)

この際、リズムは全く気にしてはいけない。

この際、音程(キー)を意識してはいけない。

 

②リズムを読み込む

音程がある程度読み込めるようになったら

同じく、先ほどと同じ楽譜を開き、

声を出しながらリズムを読み込んでいく。(本三周ほど)

この際、音程は全く気にしてはいけない。

 

③音程とリズムを一緒に読み込む

音程とリズムがある程度読み終わったら、

今度はその両方を一緒に声を出しながら読み込んでいく。

 

まずは、これで、かなり譜読みの自信がつくようになる。

 

2、早速、譜面を読みながら右手のみでピアノを引く

 

次に弾いてみたい曲の譜面を見て、右手だけで音を鳴らしてみる。

 

読みながらスムーズに引けると思うので、

かなりピアノを引くのが楽しくなるはず。

 

右手で、何度も何度も完璧になるまで弾く。

 

そうすると、だんだん左手も使ってみたいという欲が湧き出してくる。

そうしたらこっちのものだ!

 

そのモチベーションを味方につけ、左手だけの練習にとりかかる。

 

左も右もスムーズに片方ずつ弾けるようになったらやっと次に進める。

 

3、両手を使い、一小節単位で弾けるようにしていく。

 

個々でのコンセプトは、「一小節を両手で弾く」である。

 

決してこの際に曲をつなげて弾いてはならない。

一小節ごとにしっかりと弾けるようにしていく。

 

4、曲をセクションごとにわけ練習

 

曲は、ある程度のパーツで出来ている、

例えば 「Aメロ」 「Bメロ」 「サビ」 の様に。

それらを分けて練習する。

 

5、最後につなげて演奏してみる

 

このようにして一歩一歩練習すれば、自ずと出来るようになる。

この方法が一番今の僕にとって最適な方法なのかと思う。

 

よし!早速ピアノの練習を始めるぞ!

 

ps,因みにこの曲を弾くのが目標

 ↓


Pollyanna (I Believe in You) - MOTHER

 

楽しくない日々

 

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毎日楽しくない日々が続いています。それは私のせいであります。

何故楽しくないのかは、わかります。

 

それは、自分に愛を与えていないから楽しくないのです。

自分に愛を与えず。

自分の存在に感謝せず。

非難ばかりしているからです。

 

自分を非難したり正当化したりしているのです。

只々生きているということがどれだけ美しいものか

私にはわかります。

 

何故なら、猫や草や、風や虫や、海や光など

それらの自然が、私にその美しさを教えてくれるからです。

 

人間はその美しさを言葉や観念を使って

覆い隠してしまします。

 

私は、そんなことを思っているのに

そんなことをしたくないと思っているのに

なのに非難や正当化に明け暮れているのです。

なんて愚かなのでしょうか。

 

何故、私は自分自身を愛さないのでしょうか。

非難や正当化。それら社会の尺度を使って

生を推し量るのでしょうか。

 

それは、勝手な偏見と暴力に当たります。

私はそう思います。

 

頭が狂った偏見と決めつけの人間が

自らの信念に従って

自然や、自らの生を破壊していくのです。

 

そんなことをして楽しい訳がありません。

楽しくない日々は、そうやって私の上に形作られていきます。

 

愛を開花させたい。

愛という初芽に水を与えて美しい花を咲かせたい。

 

そして、美しい景色と

それら自然と友達になりたい。

 

自然たちと一緒に生きたい

一緒に遊びたい。

一緒に歌いたい。

一緒に踊りたい。

 

僕は、頭の狂った人間よりも。

それらの美しい自然のほうが好きだ。

 

僕は、楽しくなりたい。

そのためには、愛を

自然への愛を表現しよう。

 

僕は、君が大好きだ。